湊総合法律事務所

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日本型CSRの形成(1)1970年代以前

日本のCSRの根底に流れるもの

日本には、その昔、石田梅岩(1685~1744)という江戸時代の思想家で石門心学開祖の方がいらっしゃいました。
この方は「二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自死するやうなこと多かるべし」とか、「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」
というような言葉を残しておられます。
また、近江商人の家訓として、「三方(売り手・買い手・世間)よし」というようなものもあります。
 
このように、日本の思想や、商売の哲学の中には、自らばかりが儲ければそれで良いというのではなくて、自分の商売の結果、
社会もよくなるものでなければならないという心が含まれています。
ですから、日本人は、CSRのことを昔から重視していたといってよいものと思います。
 

経済同友会のCSR決議

近時も、1956年経済同友会のCSR決議の中に、「経営者の社会的責任の自覚と実践」というものがあり、その中には
「そもそも企業は、単純素朴な私有の域を脱して、社会制度の有力な一環をなし、その経営もただに資本の提供者から委ねられて
おるのみでなく、それを含めた全社会から信託されたものとなっている」という表現があり、株主価値向上だけでなく、本業を通じた
ステークホルダー価値の創造を訴えています。
 
戦後間もないころに、経済同友会がこのようなことを訴えていたということは注目に値します。

 

1960年代のCSRの特徴

このように、日本人の心の中にはCSRの意識があったはずなのに、近時の日本の姿を見ますと暗澹たる気持ちになってきます。
1960年代はどうでしたでしょうか。
このころの社会問題は、なんといっても甚大な産業公害です。
みなさまのご記憶にもあると思いますが、このころは、日本全国で、水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそくなどの公害被害が
相次ぎ、これに対する社会の批判が著しかった時代でした。
 
このような批判に対応して、法令順守と公害対策が重視されるようになり、それが日本型CSRの土台を形成するようになりました。
そして、製造業を中心に生産現場で法令・規制を忠実に守り公害対策を実施することがCSRと理解されるようになっていきました。
 

1970年代のCSRの特徴

この年代は、田中角栄が、日本列島改造論を唱え、日本経済が高度成長を遂げていた時代です。
それに伴い、地価が高騰し、企業による土地投機などもなされた時代でもありました。
利益至上主義の時代であったといってもよいでしょう。
こうした中で石油ショックが起こり、企業は、便乗値上げや買い占めや売り惜しみをして消費者を苦しめた時代でもありました。
 
このような企業の姿勢が大変批判され、経済諸団体が「企業のあるべき姿」の提言を行うなどして、企業の社会的責任の議論に
深まりを見せました。
しかし、現実には多くの企業は、公害部の創設や、利益社会還元のための財団設立にとどまっていて、近時のようなCSR経営の
現実化とは程遠かったと思われます。
 
企業の姿勢としても、CSRは経営の根幹ではないが、法令順守、社会貢献、公害対策(環境対応)が必要だというもので、
このような日本版のCSRの基本が確立された時期だといって良いと思います。

 

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