湊総合法律事務所

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日本型CSRの形成(2)1980年代

1980年代のCSRの特徴

この1980年代は、日本のCSRの形成の上で、非常に重要な時代であると思います。
この時代は、ジャパンアズナンバーワンという書籍がベストセラーになったり、日本企業が、米国の魂といえる映画会社を
買収したり、ロックフェラービルを買収したりというように日本が高度成長を遂げ、日本企業の海外進出が進んだ半面、欧米から
顰蹙を買った時代でもありました。
 
そして、欧米からは、日本が経済成長と遂げることができたのは、いわゆる縦割り行政が行われ、行政が業界のありようについて
事前規制を行い、政官財が密接に関係しあい、厚い参入障壁を形成して、これが海外の日本への進出を阻む結果となって、
日本企業の独占を可能としていたからではないかと大きな批判を受けました。
また、固定相場制がとられ、しかも円が円安に固定されていたため、日本の輸出産業が優遇されていたからではないかという
批判もなされました。
 
こうした批判にさらされて、日本社会は、参入障壁を取り払い、規制緩和をするように求められ、行政による事前規制から、
自由競争社会へと大きくシフトチェンジをすることを迫られました。
自由競争社会になったということは、それまでのように行政による事前規制はせず、「参入は自由だが、予め定められたルールに
反した場合には、市場から撤退してもらう。」という厳格な事後規制社会が到来したということを意味します。
 
そうして日本社会は、企業にコンプライアンスが求められるようになっていき、企業の隅々までコンプライアンスを徹底しなければ、
市場撤退を迫られることから内部統制の重要性が認識されるようになっていきました。
このような流れを経て、日本では、CSRといえばコンプライアンスを徹底することであるという考えが定着するようになっていったと
思われます。
 
それからもうひとつ1980年代は、プラザ合意により、それまでの円安の状態から急激な円高へと変容していき、輸出産業が
否応なく海外へ進出をせざるを得ない時代でもありました。
それに伴って、多くの日本人が、欧米の企業文化、生活に接することとなり、カルチャーショックを受けることとなりました。
欧米に比べて日本は長時間労働を強いられているとか、居住環境はウサギ小屋で貧相で、男女不平等待遇であることなども
批判されることとなりました。
こうして、我が国でも、企業と従業員の関係が注目されることとなりました。
 
しかし、残念ながら、この時点では、それがCSRのテーマとはなることはなりませんでした。
もっとも、これらのことは、後々の日本のCSRの形成に影響を与えていると思います。
 
またこのころの日本企業は、企業財団を設立することがブームとなっていました。
本業とは直接関係のない学術芸術福祉などへの助成を通じた社会貢献活動が活発化した時代で、CSRとは社会貢献活動
であるという概念も日本に定着していった時代
でもありました。
 

日本型CSRの原型の形成

以上のように、1980年代までの日本のCSRを総括しますと、産業公害への批判がなされれば公害対策が行われ、
利益至上主義への批判がなされれば、企業が社会に対して利益還元を行い、企業不祥事への批判がなされれば、
コンプライアンスや内部統制を図るなど、日本型CSRの原型は、誤解をおそれずに言えば、その動機は、企業に向けられる批判を
回避するために行う対症療法的(守りのCSR)なものであったといえると思います。

 
 
日本型CSRの形成(2)1980年代
 
NEXT日本型CSRの進化(1)1990年代
 
日本型CSRの進化(2)2000年代
 
世界のCSRリスクの具体的事例
 
CSRの国際規格登場

CSR経営はどのように行うのか


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